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商品詳細
【真作】山元春擧(山元春挙)◆福寿草◆麻田辧次(麻田辧自)鑑定箱◆肉筆◆絹本◆掛軸◆w697

◆山元春擧(山元春挙)(やまもと しゅんきょ) 
Shunkyo Yamamoto
【美術年鑑評価額 1000万円】
日本画 円山派
1872 ( 明治5 )~ 1933 ( 昭和8 )
本名:山元寛之助のち小杉金右衛門
号:春挙、一徹居士、円融斎
【出身地・師系】
滋賀県膳所出身。 師、野村文挙、森寛斎
【所属・任】
帝室技芸員、帝国美術院会員、文展審査員、京都市立絵画専門学校教授
【略歴・作風など】
明治5年11月24日、膳所の山元家に生まれたが、その後小杉家に養子となり小杉金右衛門を名乗るが後に山元家に復籍、1883年より京都の野村文挙に四条派の画技を学び春挙の号を受け、更に85年より森寛斎に円山派を師事。
86年に京都青年絵画研究会で「呉孟」「菊に雀」で褒状を受賞したのを皮切りに日本青年絵画共進会、全国絵画共進会で「菊慈童」が二等、内国勧業博覧会などで入選・受賞を重ね1907年に文展が創設されると第1回展より審査員に任命されるなど京都画壇を中心に活躍を示す。
また、1899年よりは京都市立美術工芸学校の教諭、1909年より京都市立絵画専門学校教諭(後に教授)、17年(大正6)には帝室技芸員、19年には帝国美術院会員に就任するなど育成や画壇に対しての貢献にも尽力を尽くした。
当初の四条派・円山派の写実技法に加え独自に西洋画の遠近描法などを取り入れた豪放な作域を確立、風景、人物、花鳥、動物など幅広く制作、当時の竹内栖鳳、菊池芳文らと共に新時代の日本画家として称された。
尚、門下には川村曼舟・小村大雲・山本倉丘・松本一洋・山下竹斎、円山応祥ら後の画壇を代表する優秀な作家を多数輩出している。昭和8年7月12日没。享年60歳。

◆麻田辧次(麻田辧自)(あさだべんじ)
Benji Asada
【美術年鑑評価額 330万円】
1899 ( 明治32 )~ 1984 ( 昭和59 )
日本画
本名:旧姓)中西、名)辧次
号:辧自
【出身地・師系】
京都府船井郡出身 京都市立美術工芸学校卒 師、入江波光、西村五雲
【所属・任】日展参事、京都府文化功労者、京都府美術工芸功労者
【主な受賞】
日本芸術院賞、日展特選・白寿賞など
【詳細略歴】
第3回帝展に初入選意向は同展や新文展に入選を重ねる。
昭和 2年麻田直園と結婚し、旧姓中西から麻田姓を名乗る。
その後山口華楊らと新晨鳥社を結成、戦時には第22師団野戦砲兵として任務。戦後は昭和21年第2回日展から入選を重ね、25年「樹蔭」で特選・白寿賞を受賞、昭和27年には「群棲」で再度特選受賞、昭和28年初の審査員、33年日展評議員、同年第1回新日展に「風霜」で文部大臣賞、昭和40年「潮騒」で第21回日本芸術院賞を受賞する。
昭和52年より本名の辧次から辨自と改名し晩年まで精力的に制作を続けた。
尚、麻田鷹司は氏の長男、洋画家の麻田浩は次男である。


この作品は、肉筆・絹本により『福寿草』が描かれております。
箱は鑑定箱で、麻田辧次先生が記されております。
本紙には、点々と小ジミがございます。
台紙(紙本)には、小ジミ・小ジワがございますが、概ね状態は良好です。
表装には、小ジミ・小ジワがございますが、概ね状態は良好です。
軸先の蓋が欠損しております。

真作保証品ですので、ご入札の程よろしくお願い致します。

サイズ
約【縦135cm×幅56cm・(台紙)38cm×42cm・(本紙)21cm×18cm】
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