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水戸藩士の結城寅寿に宛てた書状。
筑波という人物が発給したものだが、詳細は不明。
文中に登場する「中納言様」は徳川斉昭か、子の徳川慶篤と思われる。
33×44.5cm/虫損あり
【結城寅寿ゆうき・とらじゅ】
1818~1856
結城晴徳の次男。常陸水戸藩士。御前小姓から若年寄、執政となる。門閥派(結城派)の中心となり、藤田東湖らの改革派と対立。天保15年(1844)藩政の実権をにぎったが、藩主徳川斉昭が復帰すると隠居させられ、安政3年(1856)4月25日死罪となった。39歳。名は晴明、朝道。
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